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名古屋高等裁判所 昭和56年(ネ)83号 判決

控訴人(一審被告) 山岸万次郎

右訴訟代理人弁護士 高橋貞夫

被控訴人(一審原告) 山田康子

右訴訟代理人弁護士 倉田厳圓

主文

一  原判決中控訴人の敗訴部分を左のとおり変更する。

1  控訴人は被控訴人に対し、金三〇七万六一八九円及びこれに対する昭和五二年三月一八日から支払ずみまで年五分の割合による金員の支払をせよ。

2  被控訴人のその余の請求を棄却する。

二  訴訟費用は、第一、二審を通じてこれを四分し、その三を控訴人の、その余を被控訴人の各負担とする。

三  この判決は第一項1に限り、仮に執行することができる。

事実

第一当事者双方の求めた判決

一  控訴人

1  原判決中、控訴人の敗訴部分を取消す。

2  被控訴人の請求を棄却する。

3  訴訟費用は、第一、二審とも被控訴人の負担とする。

二  被控訴人

1  本件控訴を棄却する。

2  控訴費用は控訴人の負担とする。

3  なお、本訴請求を左のとおり減縮する。

控訴人は被控訴人に対し、金四八五万四一四六円及びこれに対する昭和五二年三月一八日以降支払ずみまで年五分の割合による金員の支払をせよ。

第二当事者双方の主張

一  被控訴人の第一次請求原因(瑕疵担保責任。当審において右を追加し且つこれを第一次原因としたもの)

1  控訴人は山岸工業と称し建築請負を業としている者であるが、被控訴人は昭和四七年四月控訴人との間に別紙目録記載の家屋(以下本件家屋という。)につき、報酬を六〇〇万円と定めて建築請負契約を結んだ。

2  本件家屋は昭和四七年八月三一日完成したとして引渡を受けた。

3  本件家屋の建築は、被控訴人から控訴人に交付した設計図に基づき施行完成すべき約定のもとになされたものであるが、右建築による本件家屋には、控訴人の工事の不備に因り、従前主張の如き瑕疵(原判決二枚目裏六行目より三枚目裏一〇行目までのとおりであるから、これを引用する。)が存する。

4  しかして、本件家屋には右の如き瑕疵部分が存するため、同家屋は、著しい漏水をはじめとする欠陥建物となったが、その状況及びこれに対する被控訴人の補修請求に対し控訴人の対応が甚だ不十分であることの状況は、被控訴人の従前主張するところ(原判決三枚目裏末行より六枚目表七行目までのとおりであるから、これを引用する。但し、四枚目裏終りより二行目「シンデリア」を「シャンデリア」と訂正する。)の外、昭和五〇年六月と一〇月には被控訴人方において防水工事をなすを余儀なくされたが、同年一一月一七日には天井のシャンデリアの取付部分が腐蝕してシャンデリアが落下するとの事態まで生ずるような状況であった。

5  被控訴人の蒙った損害は次の合計金四八五万四一四六円である。

(一) 瑕疵部分の修補工事に要した費用

右述の如く昭和五〇年六月と一〇月に防水工事をなし、その費用として金七五万円を昭和五一年に出捐した。

(二) 瑕疵部分の修補によって填補されない損害

(1) 前述した瑕疵部分に起因する雨漏りによる本件家屋の汚損ないし損傷につき、その補修費用として金二六〇万四一四六円がみこまれる。

(なお、右は、右記損害を昭和五五年一〇月二〇日現在で評価したものであって、被控訴人としては、後記の如く請負人に重い責任の認められる本件にあっては、右時点の評価額を損害額とすべきものと考えるが、仮に評価基準時を繰上げるとすれば、本損害額につき、右昭和五五年時の額を、建設工事費デフレーターにより昭和五一年時に引直した金一九九万四一九九円を主張する。)。

(2) 前記漏水及び漏水に起因する家屋の汚損ないし損傷等により快適な生活ができなかったため、被控訴人が受けた精神的苦痛を慰謝する金額として金一五〇万円を請求する。

6  よって、被控訴人は控訴人に対し、瑕疵担保による損害賠償として、右合計金四八五万四一四六円(又は金四二四万四一九九円)と、これに対する訴状送達の翌日である昭和五二年三月一八日から支払ずみまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。

二  第一次請求原因に対する控訴人の認否及び主張

1  請求原因1及び2の事実は認める。その余は全て否認する。

2  仮に本件家屋に瑕疵が存するとしても、同家屋の建築は、被控訴人側の設計図ないしはその指示に基づいて行ったもので、その具体例を示せば次のとおりである。

(一) 外部鼻隠し部分については、設計図にある木製はかえって不適当であるので、被控訴人方と協議し、その同意を得てモルタル塗としたものである。

(二) サンダインの防水工事については、控訴人が右サンダイン防水を手懸けたことがないことから、応急の防水施工をしたうえで、引渡し後、被控訴人側において独自に業者に依頼するとの諒解ができていた。

以上のような次第であるから、本件家屋に瑕疵があるとすれば、それは専ら注文者たる被控訴人の与えた指図に因って生じたものであるから、控訴人は右瑕疵につき担保責任を負わないものである。

3  右が理由なしとしても、本件損害の原因については、上記瑕疵以外の点をも考慮すべきである。

即ち、本件家屋の雨漏り、雨水の侵入については、必ずしも防水工事不十分のみによるものではなく、被控訴人が家屋の保守、管理を十分にしなかったこと、本件家屋の所在地が丘陵を開発した傾斜地であり落葉などにより水はけが妨害されていたこともその原因となっている。

4  損害額の算定時期については、被控訴人の修補請求時を基準とすべきである。本件でいえば、被控訴人が控訴人に再三修補請求をしたと主張する昭和四八年六月時点の評価によるべきである。

5  損害の避抑義務

被控訴人の主張では、昭和四七年一一月頃から雨漏りが始まり、同四八年六月頃には雨水が床を川のように流れる始末だったところ、これは控訴人の一応の防水措置で治まったものの、天井、壁を伝って、ドア、シャンデリアからひっきりなしに水滴が落下する事態は改善されず、昭和五〇年一一月一七日にはシャンデリアが落下するに至ったというが、いかに控訴人が「補修する」と答えたとはいえ、三年もの間、雨漏りの根本的な原因を除却することなく放置していたということは、正に、権利の上に眠るものであって保護に値しない。修補義務履行が遅延しているような場合には、債権者といえども、それが履行されるまで漫然と手をこまねいて待ち、家屋の腐蝕、汚損が拡大、進行するにまかせるようなことは信義則からいっても許されない。本件建物の瑕疵中、最も重大なものが、サンダイン工法を施していなかったことであるとされるが、その費用は一〇万円程度のものであった。又、被控訴人が昭和五〇年六月と一〇月に自費で防水工事をし、その後は漏水がとまったというところ、これに要した費用は被控訴人自認のとおり七五万円位であったというのである。

してみれば、被控訴人が自ら他の業者を依頼してサンダイン工法を施工しておれば、或いはもっと早く自費で防水工事をしておれば、それ程、多大な費用を要せずに、損害の拡大を防ぎえたということができる。

従って、被控訴人に右述のような損害避抑義務を課しても決して酷ではなく、本件瑕疵や家屋の汚損ないし損傷の補修費用の大部分は、被控訴人の負担に帰すべきである。

6  財産権の侵害による精神的損害は、その財産的損害が賠償されれば、精神的損害も一応回復されたとみるべきである。本件では、被控訴人は、汚損、損傷箇所の補修費用も請求しているから、これが認容されるなら、それ以外に慰謝料支払いを認めるべきではない。のみならず、このような慰謝料請求を認容するには、控訴人に、精神的損害に対する予見可能性の存することが必要である。

7  相殺

控訴人は被控訴人の注文により、本件家屋本体の工事のほかに、給湯用ボイラー、配管、二重建具取付代、カラートタン差額金等を立替えており、その金額は合計一三九万円である。よって、控訴人の昭和五七年六月二八日付同日交付の準備書面により、右立替金請求権を自働債権として本件損害賠償債務と対当額で相殺する。

三  控訴人の主張事実に対する被控訴人の認否

1  本件家屋の瑕疵が、専ら被控訴人の指図に因るとの事実は否認する。右瑕疵は、あくまで控訴人の工事の不備に因るものである。

2  被控訴人が家屋の保守、管理を十分にしなかったとの点も否認する。

3  損害額の算定時期は修補請求時と固定的に考えるべきではない。瑕疵につき請負人に故意又は重過失がある場合や修補につき請負人に著しく不誠実な態度がある場合には、注文者が損害賠償の請求につき不当な遅延を図ったというような事情、その他注文者に責められるべき事由がない限り、たとえ本来は瑕疵担保責任が無過失責任だとしても、右のように重い責のある請負人には、修補請求時以後の増大された損害についても、信義則上これを賠償せしめるのが相当である。

仮に右が理由なしとしても、信義・公平の原則からみれば、右のような場合には、不完全履行の法理を準用し、そこでいわれる積極的拡大損害は、これをその積極的寄与者に負担させるべきである。

4  控訴人主張の損害避抑義務については、それは契約解除権の行使との関連で考えうる問題であるから、本件の如く解除の許されない建物請負契約については妥当しない法理である。

5  相殺についての主張事実は全て否認する。

四  被控訴人の第二次請求原因(不完全履行)

仮に第一次請求が理由がない場合には、以上の事実関係につき、予備的に不完全履行による損害の賠償を求める。

五  右に対する控訴人の答弁

請負契約に関する損害賠償については、瑕疵担保の規定のみが適用されるべきであるから、右第二次請求は、主張自体失当である。

第三証拠関係《省略》

理由

(第一次請求について)

一  請求原因1、2の事実(請負契約及び完成・引渡の事実)は、当事者間に争いがない。

二  そこで、本件家屋についての瑕疵の有無をみるに、《証拠省略》及び鑑定嘱託の結果(山田邸漏水調査報告書)を総合すると、本件建築は、被控訴人から控訴人に交付した設計図に基づき施工すべき約定のもとになされたものであるが、完成したとして引渡された本件家屋には被控訴人主張の如き八個の瑕疵が存すること、そのうち三個は、右設計図どおりでないうえ、建物部分としての通常の性状を欠くものであり、残余の五個の瑕疵は、建物部分としての通常の性状を欠くものであることが認められ、これをくつがえすに足る反証は存しない。

三  しかるところ、右瑕疵の原因につき、控訴人は、右は専ら被控訴人側の指図に起因すると主張する。確かに、《証拠省略》に照らすと、被控訴人の提示した本件設計図には多少不備なところがあり、又控訴人と被控訴人側との間では本件建築に関し設計図の修正施工、その他工事全般につき種々話合のもたれたことが認められるが、右を《証拠省略》と対比し、更に控訴人は建築の専門家であり、又一般に居宅(本件家屋は被控訴人家の居宅である。)を新築する者がその建築について重大な関心を有し素人なりにこれに関与するのが通常であることを考えると、本件建築が被控訴人側の注文のままに行われ、従ってその瑕疵が専ら注文者の指図に起因するとはたやすく認め難いところであって、むしろ右各証拠を総合すれば、本件工事は請負人たる控訴人の主導下に行われ、従って本件家屋の瑕疵は控訴人の右工事に起因するものというべく、控訴人は本件瑕疵につき担保責任を免れないものである。

四  そこで、次に、右瑕疵を帯びた本件家屋に現出された状況をみるに、《証拠省略》によると、昭和四七年一一月頃から、本件家屋の応接間南西部分に雨漏りが始まり、やがて壁にしみが出来たのを皮切りに、一階の洋間、八畳和室、炊事場・食堂、これに続く和室、洗面脱衣場、便所、二階の和室、洋間の天井、壁部分に雨水が滲み、汚損が甚だしくなり、また、応接間のシャンデリア取付部分が腐蝕していった。これに対し、控訴人は、被控訴人の求めにより、昭和四七年末頃換気扇七個をとりつけ、又昭和四九年頃には控訴人において防水工事を施工したが、いずれもその効に乏しく、同五〇年六月と一〇月に被控訴人において自費で防水工事を施した結果、漸くその後は雨漏りはなくなったものの、現在でも、右過去長期間の雨漏りによる斑点、汚損、腐れ、剥離などが残存している事実が認められ、反証は存しない。

ところで、右漏水及びこれによる汚損ないし損傷の原因については、叙上の事実関係からみて前記瑕疵がその原因と推認できる(尤も右汚損ないし損傷のうち一階の天井部分のそれについては、これを専ら結露現象によるものとする前記鑑定嘱託の結果が存するが、右は、《証拠省略》と対比して採用し難い。)ところであるが、控訴人は、右原因として被控訴人方の建物保守・管理の不十分をも主張する。しかし、本件全立証によるも、これを確認するに足る証拠はないから、右主張は採用できず、結局、本件家屋については、その瑕疵及びこれに基づく漏水に因り前記の如き汚損ないし損傷の状態が生じたものというべきである。

五  そこで、本件家屋の右汚損ないし損傷に伴い被控訴人が蒙った損害額に関し、まず財産的損害について検討する。

1  《証拠省略》によれば、被控訴人は、昭和五〇年六月と一〇月に本件家屋につき防水工事をなし、その費用として同五一年中に金七五万円を出捐したことが認められ、反証は存しない。

2  また、《証拠省略》によれば、本件家屋における前記認定の汚損ないし損傷を補修するには、昭和五五年一〇月二〇日現在の見積りで金二六〇万四一四六円の工事費用を要することが認められ、これを左右するに足る反証はない。

3  ところで、請負目的物の瑕疵修補に代わる損害賠償に関しては、その評価基準時は、一方、責任発生時点たる目的物の完成ないし引渡時点よりも、損害の内容が一応確定する時点を選ぶのが相当であると共に、他方、右確定の時期を注文者の意思に委ねて物価の上昇等により損害額が一方的に増大することを避けるためには、右一応の確定の時期を一定時点の客観的な事実にかからしめるのが相当であるから、これらを彼我総合して考えると、右基準時は、注文者が修補請求をなしている事案にあっては、その請求が合理的時期に行なわれている限り、同請求時をもって評価基準時とするのが相当である(最高裁判所昭和三六年七月七日判決、民集一五巻七号一八〇〇頁。なお、同昭和五四年二月二日判決、判例時報九二四号五四頁参照)。

右に関し、被控訴人は、請負人が瑕疵につき故意・重過失のある場合や修補につき不誠実な場合などには、注文者に責むべき事情のない限り、請負人は右基準時以後の拡大損害についても、信義則ないし不完全履行法理の類推により賠償の責に任ずべきだと主張するが、仮に請負人に右の如き所為があっても、それが不法行為を構成し或いは精神的損害賠償責任を生じることのありうるは格別、右のような請負人側の主観的事情は未だ物的損害の判断基準時を左右せず、殊に請負契約における瑕疵担保責任としての損害賠償については、一般の売買等のそれにおいては通常信頼利益のみが考えられているのと異なり、仕事の完成を目的とする請負の特殊性にかんがみ、注文者は履行利益(全損害)を求めうるとの保護が与えられている点に着目すれば、右の理は一層然りというべきである。被控訴人の右主張は採用することができない。

よって、本件における修補請求の有無及び時期について検討するに、《証拠省略》によれば、被控訴人は本件家屋の引渡しを受けた後の昭和四七年一一月中旬頃から再三口頭で控訴人に対し修補請求をしたが、控訴人は若干の修補をなすのみで、その対応が甚だ不十分であったため、被控訴人は、自己においても若干の修補をしたうえ、昭和五〇年一一月二〇日に至り内容証明郵便をもって正式に完全な修補を請求し、控訴人は同月二四日付の書面でこれに応じられない旨返答していることが認められる。

右認定の経緯からすると、被控訴人において控訴人に対し確定的に修補請求をした時期は昭和五〇年一一月頃と認めるのが相当である(なお、控訴人は本件における修補請求の時期は昭和四八年六月であると主張するが、右認定のように本件においては昭和四七年一一月以来再三の修補請求が行われているところ、損害の一応の確定時点という見地から本件における修補請求の時期をみるときは、それは、最終に且つ書面をもって正式に右請求の行われた昭和五〇年一一月とみるのが相当である。)。

4  そこで、右修補請求の時期が合理性を有するか否かをみるに、右にいう合理性とは、ひっきょう修補請求が著しく遅延していないこと、換言すれば損害拡大の可能性を不当に招いていないことでもあるから、それは控訴人主張の注文者における損害避抑義務にも通じるので、併せて判断するに、なる程本件においては、建物引渡のときから前記の確定的修補請求時までに約三年余の期間が存し、しかも前記1の防水工事費や、《証拠省略》によって認められるサンダインG2工法工事費が約一〇万円であることに照らして本件瑕疵部分の修補費用がそれ程高額とは認められないこと等に徴すると、本件被控訴人の態度には、居宅建築の注文者として必ずしも首肯できない面のあることは否定できない。

しかしながら、前認定のとおり、被控訴人もただ手を拱ねいて右期間を徒過したものではなく、昭和四七年八月末に本件家屋の引渡を受けて移り住んで後、同年一一月に漏水が始ってからは、それに因る汚損ないし損傷が拡大するのをまたず、右一一月には直ちに控訴人に修補を求め、じ後前認定のように、控訴人の若干の修補、再三の被控訴人の修補請求の繰返しを経、更に被控訴人の若干の自己修補を経て、遂に昭和五〇年一一月に正式請求に至ったというのであるから、これに、元来請負契約は請負人が完全な工事をなす義務を負うことをも併せ考えると、信義ないし公平の原則に照らしても、被控訴人において損害避抑の義務に違背しているとまでいうは当をえず、修補請求の見地上も、前記昭和五〇年一一月の請求をもって著しく遅延したものということはできない。

従って、被控訴人の上記昭和五〇年一一月の修補請求は時期的合理性を欠くものではないから、右をもって本件損害の判断基準時とすべきである。

5  そこで進んで、右の基準時により、前記被控訴人の各出捐ないし出捐予定(見積)をみるに、前記1の出捐七五万円は、おおむね右基準時の頃に出費されたものであり、且つ本件瑕疵の修補費用として必要且つ相当な出費と認められるから、右はその額をもって損害とすべきである。

しかしながら、前記2の見積二六〇万四一四六円については、昭和五五年一〇月当時の本件家屋の汚損ないし損傷の修補費用としては必要且つ相当な出費と認められるが、これを基準時たる昭和五〇年一一月当時のそれに引直す必要がある。しかるところ、《証拠省略》によると、建設工事費デフレーターは、住宅建築の場合、昭和五〇年度を一〇〇とすると昭和五五年度は一四二・六である。つまり、住宅建築の工事費は、昭和五〇年度と比較して昭和五五年度は四割二分六厘上昇していることになる。従って、昭和五五年度の前記見積額二六〇万四一四六円を右により昭和五〇年度に引き直すと、それは一八二万六一八九円となる。

6  以上のとおりであるから、本件物的損害の総額は、右の計金二五七万六一八九円というべきである。

六  次に、被控訴人は精神的損害をも被ったとしてその慰謝料を求めるので考えるに、法は瑕疵担保による損害賠償につき民法七一〇条の如き明文の規定をもうけていないけれども、同法四一六条の解釈として同条の損害には精神的損害をも含むと解すべきこと(最高裁判所昭和三二年二月七日判決、民裁判集二五号三八三頁参照)を参酌し、又一般に瑕疵担保責任の制度が特殊法定の制度だと解しても、右における損害賠償において特に精神的損害の賠償を除外しているとみるべき合理的理由も見出し難いので、右請求は法律上許されるものと解するのが相当である(尤も物件の瑕疵による損害の如きは財産的損害を主体とするものであるから、それが賠償されれば、一般には右に伴う精神的苦痛も回復されるのが通常であるので、それにもかかわらずなお慰謝料を求めうるのは、特殊の事情ある場合に限られるべきであろう。)。

そこで、右の見地から本件をみるに、叙上判示の如き本件家屋の瑕疵、漏水、汚損及び損傷の各態様、程度に、《証拠省略》を総合し、弁論の全趣旨を参酌すると、被控訴人は、その期待していた新築家屋の快適さを短時日しか享受できず、入居後間もなく始まった雨漏り及びこれにより生じた各部屋の天井、壁などの斑点、汚損、腐れ、剥離などが多多存する室内での不快な生活を余儀なくされ、他方控訴人の修補は甚だ不十分且つ不適切であったため、昭和五〇年一〇月の被控訴人自費の防水工事で漸く雨漏りは治まったものの、上記汚損ないし損傷はその後も殆んど残存したままであることが認められるのであって、請負契約は元来完全な工事をなすべきこと、又右防水工事によっても後遺症が残存すること、そしてこれらが長期間に及び且つその程度が著しいことなど本件諸般の事情にかんがみると、本件については、被控訴人につき、前記物的損害の賠償によってはなお回復されない精神的損害があるものと認めるべきである。

しかし、その額については、元来本件請負契約の報酬がその工事内容に比し低廉な六〇〇万円であったこと、被控訴人側の設計図ないし指示にも不備な点のみられること、瑕症の修補等につき被控訴人方にも不適切な面のあるのを否定しえないこと、物的損害につき一応の賠償がえられること等の諸点を考慮すると、本件において被控訴人の精神的損害を慰謝する額としては金五〇万円をもって相当とすべきである。

七  最後に、控訴人主張の相殺の抗弁について判断するに、《証拠省略》によれば、控訴人において本件請負契約上の工事以外の工事を多少なしていることが認められるが、それが金銭に換算して計一三九万円となることについては、《証拠省略》のみによっては未だ右額を確定的に認めるに足らず、他に右の額を認めるに足る証拠はないので、本抗弁は採用に由ない。

(第二次請求について)

八 被控訴人は第二次請求原因として、不完全履行を主張する。しかしながら民法は、第六三四条以下において請負契約についての瑕疵担保責任に関する規定をもうけるところ、右規定の趣旨は、単に売主の担保責任に関する同法五六一条以下の特則であるのみならず、不完全履行の一般理論の適用も排除するものと解すべきであるから、本件については不完全履行を論ずる余地はないというべきである。

(むすび)

九 以上の次第であるから、被控訴人の本訴請求は、上記財産的及び精神的損害の合計たる金三〇七万六一八九円及びこれに対する訴状送達の翌日から支払ずみまで民事法定利率による遅延損害金を求める限度でこれを認容し、その余は失当として棄却すべきところ、本件控訴は右の限度で理由があるから、原判決中控訴人敗訴の部分を主文第一項のとおり変更することとし、訴訟費用の負担につき民訴法九六条、九二条を、仮執行の宣言につき同法一九六条を各適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 小谷卓男 裁判官 寺本栄一 三関幸男)

〈以下省略〉

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